声明「大学教員の任期制の法制化に反対する」
                 1997.3.6 東北大学職員組合
 大学審議会組織運営部会は昨年9月同審議会に対して「大学教員
の任期制について」と題する報告(以下単に報告として引用)を行
いました。報告は各大学に通知されると共にマスコミなどにも取り
上げられ、学内外で広く論議されつつあります。大学教員の任期制
の法制化は、大学のあり方の根幹に触れる問題であり、本組合でも
重大な関心を持たざるを得ません。
 報告の大要は以下のようなものです。
1、日本の大学は一般的に、a) 大学間あるいは大学と他機関との間
の人事交流に乏しい、b) 自校出身者の比率が高い、c) 年功序列的
人事が行われている、などの傾向がある。
2、人事の流動性が低いことは教育・研究の停滞を招くと共に、社
会経済の変化に即応した大学の組織改編を妨げる要因となってい
る。
3、複数の教育・研究機関を経験することが若手教育・研究者のそ
の後のキャリア形成にとって重要である。
4、人事の流動性を高めることにより大学の教育・研究活動を活性
化するためには、任期制が効果的である。
5、任期制の具体的在り方として、a) 教授を含む全教員が対象とな
るが、特に若手教育・研究者に導入することが重要であり、b) 導入
は各大学毎に行い、決定は評議会の議に基づいて学長などが行い、
c) 研究業績の審査には外部の評価を参考にすると共に、教育業績に
ついても考慮すべきであり、d) 任期制に積極的な大学に対しては財
政的支援を行うことが望ましい。
 報告には多くの重大な問題が含まれています。この報告に対する
本組合の見解を以下に表明致します。(以下の文中に(註)として出
てくる数字は後註の番号です。)
1、報告は日本の大学が閉鎖的で停滞しているとの認識に基づいて
いますが、これは極めて杜撰な議論です。大学はその設置形態
(国、公、私立、総合、単科等の区別)、規模、歴史などの点で極
めて多様であるのみならず、専門分野(学部・学科の違い)におい
ても多様です。このような対象を一律に規定することは殆ど無意味
であり、詳細なデータに裏付けられた綿密な議論が必要です(註1)。
2、報告では大学の活性化のための最も有効な方策として任期制を
考えています。しかしながら、大学における教育・研究の質を低下
させている原因としては、財政的貧困、支援態勢(技官・事務官の
定員)の不備、権威主義的組織運営などの方がより重要であること
は夙に知られています。特に、教員の多忙化による教育の質的低下
が現在極めて深刻になってきていることに全く触れられていないこ
とは大変遺憾です。
3、人事の停滞の原因として大学教員の終身雇用制を挙げています
が、これが主因であるかどうかについては大きな疑問があります。
大学間あるいは大学と他機関(国立研究所、民間研究所)との間の
人事交流を妨げている要因としては、他にも終身雇用制を前提とし
た給与体系(退職金や年金の体系を含む)、公務員と民間との間の
給与体系の違い、世界に例を見ない程の住宅環境の貧困、高校生の
転校に対する障壁、大学間の研究条件の格差、などがあります(註
2)。
4、任期制の法制化には、日本社会における雇用形態・給与体系と
の整合性が密接に関わっています。従って、この制度の安易な導入
は、その対象者の生活を危機に陥れることになり、ひいては若い優
秀な人材を確保することを困難ならしめる虞れがあります。
5、良く知られておりますように、真理を探求をすること及びそれ
を学生に教授することにより継承・発展させることが大学の本来の
使命です。勿論、現代の社会においては、高度な職業人の養成、研
究成果の社会への還元、社会の諸問題(経済、文化、教育、科学
等)に対する批評と提言、産業や地域社会に対する貢献等も大学に
課せられた使命となっております。
  学問(すなわち真理の探求)における価値判断の基準は、その
性格上、法律、習慣、権威主義、多数決などにおけるそれとは著し
く異なります。すなわち、ある学問的成果(発見、学説、理論等)
の価値を決めるのは、それが正しいかどうか、あるいは正しい場合
には当該学問分野でその結果がどれだけのインパクトを持つかによ
ります。この判断基準の下では、学会の大ボスであろうと駆け出し
の若手研究者であろうと全く平等です。この判断基準を厳密に解釈
するならば、ある学問的成果の評価は歴史的にのみ定まると言わな
ければならなりません。事実、そのような事例は科学史上事欠かき
ません。実際問題として、研究費の配分や教員人事などにおいて研
究者(教員)の評価が必要とされますが、その場合には当該学問分
野の専門家集団による合議で行うことが次善の策となります。いず
れにせよ、教育・研究者を評価することが矛盾をはらんだ作業であ
ることを常に意識しなければなりません。
  以上のことから分かりますように、学問の価値判断には政治権
力、宗教、その他いかなる外部勢力の関与も許されません。申すま
でもなく、学問の自由(Academic freedom)は学問の本質的性格に根
ざした概念として歴史的に形成されてきたものです。従って、学問
の自由と法制化された任期制とを整合させることは極めて困難であ
ると結論せざるを得ません。諸外国の例をみましても、日本の教
授、助教授クラスに相当する教員ポストに任期制を設けている例は
皆無です(註3)。
6、大学の諸機関(学部、学科、講座等)や学会における権威主義
(いわゆるボス支配)が学問発展の大きな阻害要因であることは良
く知られております(註4)。全教員ポストを任期制とすることが権威
主義の打破につながるものと期待する向きが一部若手教員の中あり
ますが、この制度は権威主義を強化し、逆に若手教員を圧迫する手
段として使われる可能性の方が大きいことに注意しなければなりま
せん。
7、教員の教育研究活動を評価し、その評価に応じた待遇を与える
ことにより教員を励ますことは、その評価が適切である場合にのみ
有効です。ところが前述のように、このような評価は言うは易く行
うは難い種類の問題です。従って、「客観性」の美名の下に数量化
(論文・著書数、海外渡航数、招待講演の回数、受賞回数、etc.)
のみに基づいた評価がなされがちです。その場合、業績主義(註5)が
はびこり、教育・研究の質の低下を促進することになることは必定
です(註6)。
8、教育・研究に顕著な成果のあった大学・学部等を財政的に優遇
することは必ずしも否定されるべきではありません。しかしなが
ら、財政支援の目的が任期制導入を促進させるためであるとすれば
本末転倒と言わざるを得ません。また、教育・研究の適切な業績評
価が極めて困難であることを想起しなければなりません。
9、報告は若手の教育・研究者の人事交流の必要性に触れています
が、これについては異論はありません。しかしながら、大学におけ
る職階制としての助手について、任期制の立場のみから取り上げて
いることは問題です。大学における助手は、一部にポストドクター
(註7)的なものも見られますが、その大多数は教育研究において大き
な一翼を担っています。このような助手については講師として格付
けし、その待遇を改善すべきであることは私たちが長らく主張して
きたところです。
 以上のように、法制化に基づいて大学教員に任期制を導入するこ
とは大変危険なことであり、本職員組合はこれに対して強く反対す
るものです。大学内外の皆様におかれましては、私たちの真意をく
み取り法制化を中止させるべく共に運動されますよう希望します。
 前項の主張にも関わらず、現在の大学に様々な問題があることを
私たちは否定するものではありません。本職員組合は、それらの問
題の解決のために様々な運動を行ってきました。任期制との関連で
大学の活性化が問題となっていますが、そのために現在必要と思わ
れることを提言として以下に掲げます。これらの提言の一部は、こ
れまでの組合運動の中で採り上げられてきた課題です。他方、現段
階では試案であり、今後組合の内外で様々な観点から論議を深める
べきものもあります。
1、最近多少改善の動きが見られるとはいえ、長年続けられてきた
校費の増加率抑制政策によりもたらされた教育・研究予算の逼迫状
況は依然として深刻です。また、設備や建屋の貧困についても目
立った改善はなされていません。さらに、長年続けられてきた定員
削減政策によりもたらされた技官・事務官の不足は、危機的状況に
あると言えます。これらの問題は一刻も早く改善されなければなり
ません。
2、大学の閉鎖性を改善し、人事交流を活発にするための方策とし
ては次のようなものが考えられます。a) 他大学から転入する教員に
対して住宅を貸与する、または住宅取得を補助するための「支度
金」を支給する。b) 同じく研究費(例えば教授で5年間にわたり総
額2,000万円程度)を支給する。
3、教育・研究活動を活発にする方策としては、次のようなものが
考えられます。a)サバティカル(註8)制度を設ける。b) 教官一人当
たりの旅費を年間20万円程度に増額する(註9)。c) 発表論文をレフェ
リー付きのプロシーディングス(註10)として出版するような国際学
会に出席・発表する場合には年2回を限度とし旅費を支給する。c)
個人で使用できる図書費を年間20万円程度支給する。
4、若手の教育・研究者の人事交流を活発にする方途としては、ポ
ストドクター制度を充実させ、ポストドクターの地位を比較的安定
的なものにすることが考えられます。例えば、a) 毎年の採用数が
Academic post(大学や研究機関の職のこと)の年間需要以上とす
る。b) 任期付きであることを考慮して、その給費は同一年齢の学卒
者の平均給与の2倍程度とする。c) 任期は3年とし、8年まで再任
可能とし、かつ再任率が9割以上とする。d) 全定員の7割以上につ
いてはその採用権を大学や研究機関に与える。
5、現在の助手は漸次講師に振り替え、それに伴って助手のポスト
は全廃する。また、以後の講師採用の際の資格としては5年以上の
ポストドクターの経験を原則とする。
6、学問の自由を標榜する以上、大学にはそれに伴う自己責任が要
求されます。大学としては当面次の諸点を実行すべきです。a) 大学
はその活動を自己評価し、それを社会に対して公表すると共に、そ
れに対する社会からの批判を仰ぐ。b) 教育・研究業績の合理的な評
価制度を早急に確立し、教育・研究活動の活性化を促す(註11)。c)
学内の諸機関は権威主義的運営がなされていないかどうかについて
常に自己点検をする。d) 人事についてはプライバシーの許す範囲で
最大限の情報公開を学内外に対して行う。
後註----------------------------
(1)一部のマスコミなどには、次のような戯画化された大学教授
像に基づいた大学批判が見受けられます。すなわち、「学問的業績
が殆どなくともトコロテン式に教授になることができ、教授となれ
ば講義は十年一日の如く講義ノートを読み上げるだけでよく、講義
の日だけ出勤するかあるいは逆に学内の権力闘争に毎日明け暮れて
いればよい」とした内容です。しかしながら、教授を含む大多数の
大学教員は、毎日遅くまで仕事をし、あるいは仕事を家に持ち帰
り、土曜日は勿論のこと時々は日曜日や祝日も出勤しています。事
実これだけ仕事をしなければ、教育・研究の義務を満足に果たすこ
とはできないし、(助教授及び助手の場合は)昇格することも困難
です。ここで、大学教員には超過勤務手当が一切支給されないこと
も付言いたします。
(2)40〜50代の教員の中には、他大学から昇格人事の話を持ち込
まれながらも、これらの事情により二の足を踏んだ経験が一度や二
度ある人はそれほど珍しくはありません。
(3)米国では、マッカーシズムの反省の上で教員の終身雇用制
(tenure 制度)が一般化した歴史があります。
(4)例えば、学会に於ける権威主義の弊害については、最近の薬
事行政に於ける不祥事にも露呈されています。
(5)昇格や研究費獲得で有利になることを目的として教育・研究
者間に業績競争が生じますが、特に数量化された部分での業績競争
において抜きん出ようとする行動は業績主義と呼ばれます。平たく
言えば点数稼ぎのことです。業績主義は学問の正しい発展に種々の
弊害をもたらします。このような傾向は米国で顕著ですが、近年我
が国でも目立つようになってきました。教育業績は研究業績より一
層数量化が困難ですので、業績主義が高じると教育が著しくおろそ
かにされます。
(6)ある法律が制定された場合の効果とその法律の立法の意図と
は必ずしも一致しないことは、米国に於ける禁酒法の歴史を持ち出
すまでも無く、法律学の常識と言えましょう。
(7)ポストドクター制度(post doctoral fellowship)とは、博士
の学位を持つ若手研究者に対して期間(2〜3年)を定めて給費を
与え、大学や国公立研究機関で研究に従事させる制度のことです。
(8)サバティカル(sabbatical)とは、大学教員に対して7年毎に
半年または1年間の有給休暇を与え、その期間休息したり国内外の
大学を訪問・滞在(研究のため)したりすることを可能とする制度
です。研究・充電休暇とも訳されます。
(9)現在東北大学では教官一人当たりの旅費は年間6万円程度で
すから、3泊4日の東京での学会に一回出席しただけで無くなって
しまいます。これでは、大学外との研究交流は自腹を切らない限り
不可能です(但し文部省の科学研究費が支給されている場合は除
く)。
(10)国際会議の後で刊行される発表論文集はプロシーディングス
(proceedings)と呼ばれます。プロシーディングスは多くの場合学術
雑誌の特別号として刊行され、掲載論文は通常号の論文と同様にレ
フェリーの査読が要求されます。
(11)教育・研究についての業績が奮わない教員に対して適切な処
置をとることを含みます。