大学教員の「任期制」導入に反対する声明 
 大学審組織運営部会は、九五年九月一八日「組織運営部会における審議の概要-大
学教員の任期制について-」(以下、「概要」という)と題する報告書を発表した。
「概要」は、「学術研究や教育の活性化」を図るためには、「大学の教員に任期制を
導入することにより」大学間あるいは研究機関との間で人事交流を積極的に行うこと
が有意義だとし、教授を含む全教員の任期制の「具体的な在り方」まで提言するもの
であっただけに、各方面に論議を呼び起こした。議論の一部には、教員評価に「競争
原理」を持ち込むことで不遇な教員に光をあてることができるとして歓迎する向きも
ないではない。しかし、「任期制」導入は、学術研究や教育を「活性化」するどころ
か、教員の人事権という大学の自治の根幹を堀崩し、予想される恣意的「業績評価」
と相まって、大学を政府・産業界に奉仕するだけの「研究」機関におとしめてしまう
危険を内包するものである。「概要」発表以来、これに対する批判が相次ぎ、少なく
ない反対声明が出されてきたのも当然である。わが北大教職員組合は、これまで「任
期制」の問題性について慎重に検討し、懇談会(九五年一二月一四日)を開くなどし
て論議を深めてきたが、以下の諸点から見て「概要」の提起する「任期制」が大学の
自治と学問研究の自由と発展を阻害し、さらに教員の身分まで剥奪するものであり、
断固導入に反対することをここに改めて確認し、宣言する。
一、「任期制」は、教員の身分を短期的「業績評価」にかからしめることになるため
、時間を要する研究あるい は基礎的研究を行う者に不利に働き、またそれらの研究
に対する意欲を減退させることになろう。今日の劣悪 な大学の研究条件の改善に手
をつけずに、「学術研究や教育の活性化を図る」ことなどできないというべきで あ
る。「概要」のいう「活性化」にまず必要なのは、国内の学会・研究集会にすら年に
一、二度しか出席でき ない旅費、恒常的に足りない積算校費をまず抜本的に底上げ
し、安心して実験・研究に専念できる安全で充実 した研究・教育環境を整備するこ
とである。
二、「任期制」は、人事の流動化による教育研究の活性化を帰結しない。むしろ、有
能な人材を大学から追いや り、大学のスラム化をもたらす。今日、相対的に低賃金
かつポストを得るまでにかなりの年数を要する研究者 の途をあえて志す学生が輩出
するのも、学問の自由に裏打ちされた大学の自由な研究環境と、一旦ポストを得 た
後の身分の保障があるからである。「任期制」はその二つを一挙に奪うものであり、
若い優秀な頭脳は大学 を見向きもしなくなるであろう。そもそも、一般的に大学人
を受け入れる社会的基盤のないわが国で、一方的 に「任期制」を導入することは、
極めて非現実的な提言といわざるをえない。
三、「任期制」は、巷間で言われる大学のもつ弱点ないし消極的側面の「改善」には
役立たない。確かに、教員 の中には、研究・教育の面で批判を甘受すべきような者
もいないとは言い切れない。しかし、その是正は、本 来大学の有する自治の一環と
して内部的に解決されるべきものである。人事の停滞は、公正な基準で公明正大 な
教員人事を不断に行うことで、自ずから解決の糸口を見いだしうる問題である。いず
れの問題も、学内民主 主義をより強固なものにしつつ民主的相互批判を強めていく
ことで解決すべきであり、「任期制」導入はこと の解決にならないだけでなく、教
員の士気を害し萎縮させてしまうであろう。「任期制」導入がもたらすのは、 問題
のある「一部」教員の「是正」ではなく、「全教員」の制度的首切りなのである。
四、「任期制」は、「自己点検評価」「学長のリーダーシップ」等と相まって、大学
を、諸外国にも例のない、 文部省(文部官僚)主導の官僚組織の一つに堕してしま
う。まさに大学の自殺行為である。今回の「概要」で は、導入を各大学の判断に任
せる「選択的任期制」を提案するが、これまで「自己点検評価」などが財政誘導 を
背景として事実上強制されてきたことからみて、決して言葉の本来の意味での「選択
的」ではありえない。 国大教の見解にあるような、対象教員を「選択的」に(たと
えば助手層に)限定すれば問題はないかの議論は、 ことの本質を見誤っているとい
えよう。すでに、新潟大学、東京大学(柏校舎)などで「任期制」を盛り込ん だ改
革案が検討されていることに明らかなように、「改革」と「任期制」が文部省・大学
間の取引材料にされ ることは、容易に予想されるところである。このような動きに
流されないためにも、われわれは改めて、大学 の自治の重要性の意義を確認してお
く必要がある。
 
五、「任期制」問題の背景には、財界のねらう産業界の「危機」に応える大学づくり
があり、そしてその先に  「教員評価」を梃子にした産官学の「技術創造立国」論
(九四年四月・経済同友会)がある。一部のシンクタ ンク等からだされている「提
言」にみる「大学改革」なるものは、結局のところ、大学「民営化」にしても産 学
「人事交流」にしても、産業の国際競争力の低下に対する財界の危惧に端を発したも
のである。今回の「概 要」が、財界の年来の主張であった教員評価とワンセットの
教員任期制導入と符節を合わせているのは、大学 審の構成員の顔ぶれからみても、
決して偶然ではない。
 
六、「任期制」は、諸外国の大学にその例をみないのみならず、日本の他の省庁、産
業界にもこれまで見られな い、一方的に労働者に不利益と地位の不安定を強いる特
異な雇用形態である。このような「使用者」に有利な 制度が一旦導入されれば、こ
れを前例として大学職員、さらには他業種の労働者にまで波及していかないとい う
保証はない。その意味では、「任期制」は日本の労働者の労働基本権を今後脅かしか
ねない危険性を内包す るものであり、広く国民・労働者と連帯してその導入を阻止
すべき課題である。
 一九九六年 二月 五日 
                        北大教職員組合執行委員会